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はりねずみ通信

兵庫県姫路市にあるかない動物病院。
椎間板ヘルニアの治療であるPLDDや腹腔鏡手術などの低侵襲治療に力を入れています。
祝祭日
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     日経新聞の夕刊に、祝祭日のありかたについて、さだまさしが寄稿していた。
    国の方針で、「成人の日は、1月の第二月曜」というふうに祝祭日が設定されるようになった。
    そのため、成人式が何日か、体育の日がいつなのか、簡単には思い出せなくなってしまった。
    「日」というのは大切なものだ。
    そのような内容だった。

    私もそう思う。
    心に残したい「日」は、何年の何月何日、と覚えるのが普通である。
    ××年の△月、第○月曜・・と覚える人は、まれであろう。
    今年成人した人は、10年後、何人のひとがその「日」を覚えているだろうか。

    国民の休暇、という意味ではよい政策なのかもしれない。
    連休が増えて喜ぶ人も多いだろう。

    ただ、私の場合は、頻繁に月曜の祝祭日があると、困っていた。
    当院は、土曜日午後と日曜日が休診である。
    そして、手術件数の増加で、水曜日を手術日にした。

    すると、どうなるか。
    月曜が休みだと、動物が週末に体調を壊した場合、火曜日まで待たなくてはいけない。
    しかも、火曜日を逃すと、水曜日は休診である。
    こんな不親切な動物病院はないであろう。

    そういう理由で、現在は祝祭日の診察を行うことにしたのである。

    そう決断したのも、祝祭日そのものが、いまや記念日ではなく、機能的な日になってしまったことも影響している。つまり、愛着がない。

    もう、祝祭日は「記憶にとどめたい記念すべき日」、ではなくなってしまった。





    先日の学会会場はなんとダイエー。
    雛人形売り場を抜けると、立派なセミナールームがある。
    会場はとてもよかったが、一日中「おだいりさーまとおひなさまー」という、あのメロディーが聞こえてくるのが、苦しかった。
    思ったのは、店員の人の耳の心配である。



    | 社会 | 07:28 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    働く人
    0
      動物病院には、さまざまな業者の人が訪れる。
      薬品会社、医療機器・コンピューター関連、検査センターなどなど。

      これらの営業の人は、こちらの時間に合わせて来られるので、大変だなあ、と思う。診察が長引けば、待ってもらうことも多い。

      昨日は当院で勉強会があり、医療画像を扱うメディーライトのAさん、医療器械のアトムベッツのKさんに来ていただいた。
      大阪や京都から来ていただいて、勉強会が終わるのは夜11時過ぎなので、
      「この人たちの日常はどんなだろう」
      と想像してみる。

      これらの業種の人は、動物病院の診察時間を避けて来られるので、昼の時間か、夜9時以降などに働くことも多いだろう。
      機械関連の営業の人は、手術に立ち会うことも多いと聞く。
      そうすると、日常生活のリズムはむちゃくちゃになってしまうのではないか。

      その人たちのおかげで、自分はこうして仕事をすることができるので、いつもとても感謝しているが、少し心配ではある。

      社会全般で考えても、そう言える、と思う。
      「いつでも電話一本で来てくれる」
      「24時間、年中無休で・・」
      というようなきめの細かいサービスは、実はとても多くの犠牲の上に成り立っていることを考えるべきなのかもしれない。
      それが仕事だから、という理由で多くの働く人が家族と一緒にいる時間も削っている。

      だから、サービスを受ける側は、単純に「ああ、便利になったなあ」と喜んではいけない。
      ひとつ便利になったら、その十倍は何らかの犠牲が払われているはずだ。

      仕事だから仕方がない、と誰もが思っていることも、ある意味危険である。
      働く人とその家族が、幸せでありますように。




      1枚にこんなにたくさんの動物が写った瞬間!
      答え5匹







      | 社会 | 06:54 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
      必要か不必要か
      0
        人は霞(かすみ)を食べて生きていくわけにはいかないから、仕事をして収入を得て、ものを「買って」生活しなければならない。
        けれど、たくさんのものを所有すれば、人は幸せになれるか、というとそうではないだろう。


        そういうとき、欲しいかほしくないかではなく、「必要か不必要か」で考えるとよい、とある本に書いてあった。

        大金持ちの人が、5台の高級車を持っているのに、さらにもう一台買うとする。所有する喜びを感じることができるので、とりあえずは嬉しいだろう。でも、そういう喜びは長続きしない。

        途上国で、貧しい家庭がはじめて扇風機を購入した。
        家族みんなが、とても喜んでいる。
        その喜びは、お金持ちの人のそれとは、異なるに違いない。
        それは、本当に必要なものを得たからだ。

        なぜ先進国に住んでいる多くの人が、幸せを実感できないのか?

        自分にとって何が必要で、何が不必要かがわからなくなっているからである。


        そういうことを読んで、自分にとって何が必要なものかを考えてみる。

        動物や家族と一緒に暮らす。
        動物の病気を治したり、問題を解決して、「間接的に」飼い主さんの幸せを支える。

        おお、自分に必要なものは、きわめてシンプルではないか!



        やっぱりはこ

        | 社会 | 06:53 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        マイクロファイナンス
        0
          栃迫(とちさこ)篤昌さんは、米国ワシントンでMFIC(マイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーション)という会社を起業している。
          その様子が、先日NHKで特集されていたので、とても関心を持って見たのだった。

          中南米諸国(メキシコやグアテマラ)などから米国に出稼ぎにやってくる移民は、一生懸命働いて母国に仕送りをすることが多い。
          しかし、まじめに働いてもなかなか生活が楽にならず、米国内で貧しい生活を強いられることになる。
          たとえば、仕事に必要な車を買おうと思っても、銀行からお金を借りてローンを組むことができない。「信用がない」と思われているからである。
          そのため、その日暮らしのような生活から、なかなか抜け出すことができなかった。

          MFICという会社は、これらの人に小口の融資をする会社である。
          番組では、借りたお金を元に事業を起こし、貧しさから抜け出したケースが紹介されていた。

          この会社のシステムの「キモ」は、これらの出稼ぎの人が定期的に祖国へ送金している仕送り実績を「信用力」と認め、融資をする点である。
          だから、担保がいらないのである。
          少額でも、きちんと送金することのできる人は、返済能力があると考え、お金を貸す。

          栃迫さんは、邦銀勤務後に50歳でこの会社を創業したという。
          邦銀で働いているとき、中南米に勤務した経験があった。
          中南米各地を回ると、一生懸命まじめに働いても、貧しさから抜け出せず、希望を失った表情の人が多くいた。

          銀行が行っている仕事は、一部の裕福な人のためのものではないか、という疑問が生じたという。
          本来、社会の血液である「お金」は、隅々まで回ってはじめて世界が生きるはずだ。そう思った栃迫さんは、起業を決心する。

          銀行員の時、中南米でできた友人のエピソードが紹介されていた。
          栃迫さんはその友人宅へ招待され、夕食をごちそうになった。
          本当に貧しい食卓だったが、食事を終え帰ろうとすると、その家の小さな子どもが駆け寄ってくる。
          「日本人のお兄さん、今度はいつ来るの?お兄さんが来ると、肉が食べられるから、また来てね」
          そう言ったそうである。
          そのときの食事で、スープの上に浮いていた焦げのようなものが肉だったのだ、と気がつき、栃迫さんはショックを受けた。

          そして、米国で働くようになったあと、その友人から、そのときの子どもが亡くなったという手紙をもらったそうだ。
          「治療に必要なお金を用意できず、息子を亡くしてしまった。息子は最後まで、日本人のお兄ちゃんいつくるのかな、と言っていました。」

          栃迫さんは、その手紙を読み、言葉を失ったという。

          番組では、栃迫さんの仕事の様子が放映されていたが、落ち着いた物腰で色々な問題に対処している。とても静かな雰囲気の方なのである。
          この人にどうしてそんな強い意志があるのかと思うほどだった。
          起業したときはだれもが「無理だろう」と思ったそうだ。
          それを、強い意志とインテリジェンスで切り開いてきた。


          個人が社会を変えることもできるのだ、と胸が熱くなったのだった。



          きれいなめ




          | 社会 | 06:47 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |